2010年5月13日木曜日

大地震から4ヶ月 今も200万人が避難生活

ハイチ・ポルトープランス(5.13CNNより引用) 

カリブ海の島国ハイチを1月に襲った大地震から12日で4カ月。
首都ポルトープランスでは人口400万人のうち200万人が今も避難所で暮らし、
通りにはがれきやごみの山が散乱する。
仕事や家を失った被災者が元の生活に戻れる見通しは立っていない。
震災後の救援活動で食糧難は食い止められ、
これまでのところ伝染病などの発生も確認されていない。
通りには物売りの女性が並び、色とりどりのパラソルの下で果物や日用品、
たばこなどを売る地震前の光景も戻ってきた。

しかし雨季に入って仮設住宅やテント村は浸水被害に見舞われ、
市中心部の避難所で暮らす女性は、
雨が降り出すと3人の娘を避難させるので精一杯だと話す。
市内に約5000校あった学校のうち、再開したのは700校のみ。
残りは倒壊したり、避難所になったりしたままの状態だ。

市内の建物には、被害の程度に応じて安全度を示す色分け表示が付けられた。
しかし自宅が「緑」の安全認定を受けても、
地震の再来を恐れて戻りたがらない人が多い。
国連の推計では、安全とされた家屋で住人が戻って来たのは9%にとどまっている。
被災者が生計を立てるための職探しも新たな課題となっているが、
がれきの撤去作業などの仕事を見つけられたのは10万人にとどまる。

各国のメディアが撤収し、脚光を浴びることも少なくなった今、
世界からの善意が底を突いてしまうことを心配する声もある。
テント村で先月出産し、プラスチック容器に折り畳み傘をかぶせて
赤ん坊を寝かせている女性は「どこかほかの場所へ行きたいけれど…」と
途方に暮れた様子だった。

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私がハイチにいた2月はまだ余震が続いており、
寝ていた看護学校の宿舎から、夜中に屋外へ飛び出したことが2回ありました。
自分が圧死するかもしれないとリアルに想像する恐怖。

そのときしみじみと、「もしテントにいたらそのまま飛び出さずに寝ていただろうな」と思いました。

4月に事務局のメンバーのMさんが訪れた際も、
「一生、屋根のあるところで寝たくない」と言い切る人に出会ったそうです。
ハイチの人たちの心に傷跡をのこしつつも、
日常は流れていきます。

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